君子は豹変するか?

ここで君子というのは、このところ呆れるほどにハシャギすぎている安倍首相のことではない。安倍氏よりは随分と地味で、ご存じない方のほうが多いかも知れないが、多少でも政治に関心のある方の間でならば“知る人ぞ知る”的な存在であると思われる保坂展人・世田谷区長のことである*1

保坂氏といえば、かつては社民党のエースとも目されていた人で、2009年8月の衆院選では、結局敗れはしたものの、自民党石原伸晃氏を相手にかなり善戦したりもした。その保坂氏が今、世田谷区の区長になっていることを意外に思われる方もいることだろうが、もちろん、これには様々な理由や事情がある。

その筆頭に挙げねばならないのは、他でもない、2011年3月に起きた、あの東日本大震災である。というのも、保坂氏が世田谷区長になったのは大震災直後の2011年4月に行なわれた世田谷区長選によってだからであり、この選挙戦は、まさしく、あの大震災と福島第一原発の事故の余波に国中が揺れていた中で行なわれたものだったからだ。

そして、当初は区長選への出馬に乗り気ではなかったと思われる保坂氏に立候補を決意させ、選挙戦の実務のほとんどまでも担ったのは、世田谷区内での公共事業のあり方に疑問を抱き、その見直しを求める住民運動に参加している市民たちのグループだった。そのため、選挙戦の間、保坂氏は“大規模公共事業の見直し”を公約として掲げていたのであり、保坂氏が区長の座に就くことになったのは、この公約がそれなりに支持されたからであるのはたしかだろう*2

しかし、その保坂氏が、区長就任後は、にわかに変わり始めたのだった。

つまり、選挙戦で公約としていた“大規模公共事業の見直し”について、決してその道すじをつける機会がなかったわけではないにもかかわらず、保坂氏は次々と、これまでの計画案を追認・黙認するような判断をくり返すようになったのだ*3。幾分かは注文をつけるかのような姿勢も皆無ではなかったにしても、都市計画の問題としては微調整レベルのことばかりであり、「見直し」というにはほど遠く、筆者にはむしろ、保坂氏は一転して「推進」の立場に転じたのではないか*4とさえ思われた*5

端的に言って、これは保坂氏自身にとって不幸なことであるし*6、世田谷区民にとっても不幸であるし*7、さらに、巨大な公共事業のツケを背負わされることになる日本の国民全員にとっても、実に不幸なことであると筆者は思う。

さて、実は今日、この大規模公共事業が進行中の舞台でもある下北沢で、保坂氏が参加するイベントが開催され*8、保坂氏は下北沢の現状や今後についてのスピーチを行ない、さらに、街の再開発をめぐって、住民の代表や識者たちとのパネルディスカッションにも参加することになっている*9

筆者としては、このイベントで、保坂氏に、どうか豹変してほしいと願うばかりだ。いや、単に都市計画や公共事業だけの問題ではなく、日本における民主主義の生死を左右する場としても、保坂氏には、これを機に豹変してもらわなければ困るのだ*10

みなさんにも、どうかご注目いただきたい*11

*1:そもそも、「区長ごときが、どうして君子なの?」とお考えになる方もいることだろう。しかし、世田谷区は人口が約89万人、世帯数も45万近くある東京23区の中でも最大の区であり、職員数も5000人以上という巨大自治体である。そのトップである区長の権限と責任は、漠然と考えられている以上に大きいものがあると筆者は思っている。もちろん、筆者は「君子」という語の「徳が高く人としての品位がある」という語義がそのまま保坂氏に当てはまると言いたいのではなく、ここでは、よりストレートに「人の上に立つ者」というほどの意味だと思っていただければ幸いだ。

*2:得票の中身を分析すれば、従来からの社民党支持者の票も大きかっただろうが、それだけで当選できたとは考えられない。

*3:単に「大規模公共事業」といっても、世田谷区外の人には何のことかわからないだろうし、実際には区民でもその実態を知らない人のほうが多いだろう。具体的には、東京でも屈指の巨大道路である外郭環状線(いわゆる「外環」のこと)の建設、二子玉川の再開発、京王線の高架複々線化、下北沢の新規道路建設を含む小田急線の連続立体交差事業の4つである。いずれも、まさに大規模というしかない巨大な公共事業で、その大きさゆえにかえって一般の市民には“見えにくい”ものになっている嫌いがある。その一つである下北沢の道路建設問題については、非常に密度の高い裁判が行なわれていて、詳細な記録を参照できるので、ぜひご覧になってみていただきたい。http://www.shimokita-action.net/archive/x_y1_y2_z_shutyoushomen.html

*4:公平を期すために付言しておくならば、ここで問題にしている公共事業は、世田谷区内で進められつつある事業ではあるけれども、世田谷区はトータルな事業主体であるわけではない。したがって、区長だからといって簡単に「見直し」ができるような直接の権限があるわけではない。しかし、原発も地元自治体の同意がなくては稼動できないように、大規模な公共事業に関しては地元自治体=住民の意向が尊重されるべきなのが当然であって、必ずしもそうなってはいないこの国の現状は、それこそ大いに“見直され”なければならないと筆者は考えている。

*5:その経緯については、世田谷区議会の木下泰之議員のブログに詳しいので、ぜひご覧いただきたい。 http://mutouha.exblog.jp/

*6:保坂氏はかつて、国会議員を中心に結成された「公共事業チェック議員の会」の事務局長でもあった。

*7:保坂氏のこれまでの“実績”の中でも、世田谷区民にとってとりわけ深刻なのは、「川場移動教室」の問題への対応だろう。これも、区外の人には何のことかわからないだろうが、世田谷区は1981年に群馬県川場村と“縁組協定”というものを結んでおり、これをきっかけにして、区立小学校の5年生を2泊3日で川場村に行かせるというイベントを毎年行なっていて、これを「川場移動教室」と呼んでいる。いわば一種の林間学校で、何もなければ、子どもたちにとっても楽しいレクリエーションの機会であって、取り立てて問題にすべきことでもない。しかし、この川場村が、福島第一原発の事故によって洩れ出た放射性物質によるホットスポットになってしまったため、区議会ではもちろん、保護者の間からも、この移動教室は見合わせてはどうかという声が起きた。にもかかわらず、区長となった保坂氏が出した答は「移動教室はやめない」というものであり、その頑なさには、筆者もただ驚き呆れるしかない。この問題について、世田谷区はこのように説明している。http://www.city.setagaya.lg.jp/kurashi/103/128/453/d00036217.html こちらも参照されたい。http://nikotama.keizai.biz/headline/573/

*8:詳しくはこちらで。 http://shimokita-voice.tumblr.com/

*9:このパネルディスカッションがどのようなものだったかについては、長く下北沢の地誌を研究されている“文化探査者”きむらけんさんが紹介して下さっているので、ご参照いただきたい。 http://blog.livedoor.jp/rail777/archives/51913466.html#more

*10:その後、保坂氏は筆者が期待したのと正反対の方向に豹変しつつあると疑わざるをえない事態になっている。世田谷区は今、「町会・自治会参加促進条例」というものを制定しようとしているというのだ。まだ区議会に正式には提出されてはおらず、「素案」が示された段階らしいが、その概要を見ただけでも、この条例案を提出すること自体が民主主義への挑戦であり、それを否定することになる…と考えざるを得ない。これは、決して世田谷区だけの問題として看過できることではない。保坂氏は、この条例案の提出を見送ることを決断すべきだろう。この問題についても、前出の木下議員のブログが詳しい。http://mutouha.exblog.jp/ 同議員がツイッターで「私は町会(町内会)加入促進条例に反対ですが町会の存在自体に反対をしているわけではありません。行政・町会の相互依存関係を断ち切ることを求めているのです」と述べていることにも注意したい。

*11:その後、この拙文のタイトルは不適切だったかも知れない…と思わずにいられないような事実が明らかになってきた。保坂氏は来月、資金集めのパーティーを開催することになっているのだが、その舞台裏が実にキナ臭く、驚くべきものなのだ。百聞は一見に如かずだと思うので、この世田谷区議会のネット中継サイトで、10/15に行なわれた決算特別委員会での大庭正明区議の質疑の録画を、どうかご覧いただきたい。http://www.discussvision.net/setagayaku/index.html まず左側の「録画配信」のメニューの「決算特別委員会」をクリックすると、その下のウインドに10/15の「補充質疑・採決の収録内容を表示」というメニューが出てくるので、これをクリックすると、ページ右側のウインドに収録内容が出てくる。そして、この収録内容の「4」、「民主、み・行」というところの「再生」をクリックすると再生が始まる。大庭議員の質疑は23分ぐらいから。これを見ると、保坂氏はとても「君子」と言えるような人物ではないと思えるけれども、あえて当初のままにしておく。=10/17