ええじゃないか?

まずことわっておきたいが、筆者は別にスポーツが嫌いだったりするわけではない。スポーツが自分の日常の一部であるような生活を送っているわけではないけれども、野球であれサッカーであれ、素晴らしいプレーには称賛の声を上げることを常としている。

だから、今回、東京開催が決定した2020年のオリンピックについて、各競技の選手たちが招致活動に熱心だった*1ことは、無理もないことだと思う。しかし、今回の決定までのプロセスを見ていると、本来の当事者である選手たちをさておいて、その「周辺」があまりにも肥大し、そのことが大きな歪みを生んでいるのではないか…と強く感じずにはいられなかった。

もちろん、選手たちも霞を食べて生きているわけではなく、この日本でも、大変きびしい環境に置かれている競技(者)も少なくないことも承知している。だから、選手たちが競技の普及やPRに努めることも、必ずしも「余技」とは言えないのかも知れない。しかし、今回のプロセスには、「これはおかしいのではないか?」と思えることが多すぎる…というのが筆者の率直な感想だ。

その最たるものが、9月9日の最終プレゼンテーションでの安倍晋三首相の発言だ。彼は、福島第一原発の汚染水問題についてIOCの委員たちから質問されて*2、こう答えている。

「汚染水による影響は、福島第一原発の港湾内の0.3平方キロメートル範囲内の中で完全にブロックされています。*3福島の近海で私達はモニタリングを行っています。その結果、数値は最大でもWHOの飲料水の水質ガイドラインの500分の1であります。(中略)そして我が国の食品や水の安全基準は、世界でも最も厳しい、厳しい基準であります。食品や水からの被曝量は、日本どの地域においてもこの基準の100分の1であります。つまり、健康問題については、今までも現在もそして将来も、全く問題ないということをお約束をいたします。」*4

安倍氏は、ここで述べていることが「事実」であると強調しているけれども、残念ながら、これはほとんど真っ赤なウソだし*5、もし安倍氏が、ここで自分が述べたことを本当だと信じているのだとしたら、彼には科学の領域に属する問題について的確に理解するだけの能力がない、ということにならざるをえない*6。あるいは、「政治にはウソがつきもの」であって、安倍氏(とその周辺の人間たち)は今回、「目的は間違っていないのだから、この程度のウソは許される」とでも考えたのかも知れないが、平和と友好が大前提であるべきオリンピックの開催地を決定する場に、これだけ重大なウソを持ち込むことが許されてよいのかといえば、明らかにノーだろうと筆者は思う。

もちろん、ここで筆者がどれほど疑問を呈そうと結果がくつがえるわけではなく、よほどの天変地異でも起こらないかぎり*7、2020年に東京で二度目のオリンピックが開催されるということが変わることはない。また、単に勝敗だけが問題なのだとすれば、今回、東京=日本が“招致レースに勝った”ことは事実であり、そのかぎりでは、実に“うまくやった”のだということも否定できない。しかし、今回のプロセスを知れば知るほど、そこで行なわれていたことの多くは筆者の感覚ではあまりにも“あざとい”ことで*8、とてもではないが、結果だけを素直に喜ぶことはできない*9

今回の結果は、安倍首相や猪瀬都知事にとっては、まさに“してやったり”で、“文句を言うことなどもってのほか”なのかも知れないが、一般の市民はただ“ええじゃないか”と踊っていればよい…というのだとしたら、日本の未来は暗いと思う。

*1:のかどうかも、実は簡単には断定できない。選手たちは本来、競技者としての能力を高めることこそが「本職」であって、今回のような招致活動への参加は、あくまでも「余技」に属することである。だから、実はこの箇所も「積極的に参加した」と書きたかったのだが、それではあまりに正確さを欠くことになるだろう。

*2:これも、ひとまず筆者の推測だが、質問者が記者たちではなく、汚染水問題については基本的に素人であるIOCの委員たちであることを、安倍首相とその周辺は、十分に「計算に入れていた」に違いない。

*3:最新のニュースによれば、これと寸分違わないような文言を、茂木経産大臣も米国の州知事たち相手に語ったようだ。おそらく同省の官僚の作文なのだろうが、この作文は単に悪質というレベルではなく、実に犯罪的なものだ。専門家諸氏からの批判は必至だろう=9/9

*4:“OKOS”からの引用。表記は多少変えた。全文もここで読める。http://okos.biz/politics/abeshinzo20130909/

*5:http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130822/dst13082222070017-n1.htm

*6:内田樹氏が“Nature”誌の編集委員の見解を紹介して下さっているので、どうかお読みいただきたい。http://blog.tatsuru.com/2013/09/06_1112.php

*7:筆者が述べるまでもなく、その可能性は決して小さくはない。

*8:筆者は、何にでもケチをつけたいわけではない。たとえば、高円宮妃殿下のスピーチなどは、それ自体としてはとても立派なもので、間違いなく賞賛に値するものだと思う。けれども、安倍首相の大ウソは妃殿下のスピーチにも大きな影を落とすことになってしまったのではないかと危ぶまれる。

*9:詳しく論じるのは控えておきたいが、現在の自公政権の下では、今回の招致決定によって首都圏で乱開発が多発し、“土建国家”的体質が完全に復活する恐れも大きい。いうまでもなく、その場合、国の財政はいよいよ破局的になることだろう