拝啓、石原慎太郎様

石原慎太郎

このたびは、下北沢まで、ようこそお越し下さいました。

私は、行政による下北沢の再開発計画に疑問をもって活動している市民団体“Save the 下北沢”のメンバーで、4日にお越しの節、あなたがお話しの最中に「高尾山にトンネルなんて掘らせないぞ!」と声を発し、叱責の言葉を頂戴した者です。

もちろん、高尾山のトンネルは、あの場であなたが話されていたことと直接関係するものではありませんでしたし、このトンネルを含む圏央道首都圏中央連絡自動車道)の事業主体は国であって、都が直接に推進しているわけではないことも承知しています。

ただしあなたは、たびたび圏央道の効用について力説する一方で、高尾山のトンネルに象徴されるようなその負の側面については、まったく不問に付されてきました。

実は私も、都市のさまざまな問題に関心を持つ者として、(疑問もありますが留保して)圏央道の効用は必ずしも否定しようと思いません。しかし、この高尾山のトンネルを含む区間のルート設定だけは、まったくもっていただけません。

高尾山は標高600mにすぎない低山ですが、その植生は極めて豊かで、約5000種もの昆虫や150種にもおよぶ野鳥が観察されているなど、その自然は、まさに東京の宝というべきものです。また、1200年前にもさかのぼる信仰の山であり、中央線と京王線で都心と結ばれているため、老若男女に親しまれ、都下の小学生の貴重な遠足コースにもなっているなど、都民の暮らしと広く深いかかわりをもってきた山です。

ですから、自然や文化の価値を多少でも理解できる者であれば、高尾山の中腹に巨大なトンネルを2本通すという圏央道の計画がいかに無謀なものであるかは、ほとんど自明のことだといってもよいでしょう。まして、本来、都民の生活やさまざまな資産の守護者であるべき都知事を2期も勤めてきたあなたが、この計画に何の疑問も呈してこなかった(ようにしか見えません)のは、驚きを通り越して、ほとんど奇異にさえ感じられます。

誤解のないようにくり返しますが、私は圏央道の計画のすべてを否定しようとは思いません。しかし、この高尾山のトンネルを含む区間のルート設定には、十分に合理的な根拠があるとは、とても考えられません。

百歩譲って、国交省の技術官僚たちには高尾山の自然的・文化的価値がまったく目に入らなかったのだとしても、仕方がないかもしれません。しかし、いやしくも日本の首都東京の知事である人間が、極めて偏った教養しか身につけていないらしい彼らと同じような思考しかできず、彼らが犯しがちな愚挙をまったくチェックもできないようでは、何とも困るのです。

私見によれば、解決策はそれほど複雑なものではありません。この区間のルートを、ほんの1.5kmほど東に寄せるよう提案すればよかったのです。元運輸大臣でもあったあなたが、都知事という立場で提言すれば、もちろん官僚たちは抵抗したでしょうが、これだけの変更ならば技術的にもコストの面でも何の問題もないことは明白ですし、変更は不可能ではなかったと思われます(その後の工事の進行によって、無用の手間が増えることにはなっていますが)。もちろん、この変更によっても周辺の自然環境に相当の影響は出るでしょうが、高尾山の山体内部の水脈を断つ危険はほぼ避けられ、一帯の生態系に壊滅的な打撃を与えることも回避できるに違いありません。

もし、事の重大さにお気付きいただけるようであれば、今からでも遅くありません。どうか即刻「回心の一歩」を踏み出されるよう、お勧めいたします。

さて、もう一つ、私たちにとっては本論ともいうべき下北沢のことについても、少しだけ申し上げておきましょう。

あなたのお話を聞いていて、「ああ、やっぱり何もわかってないんだ…」と思いましたが、私たちは別に、下北沢という街の「保存運動」をしているわけではありません。

マスコミの報じ方にもかなり問題があると思いますが、下北沢は、これまでにも大きな変貌を見せてきましたし、今も日々変わりつつありますし、現在工事が進められている小田急線の連続立体交差事業=地下化によって、さらに大きく変化しようとしています。私たちは、その変化をすべて否定しようと考えるほど無知ではありません。

ただ、その変わり方、変え方が問題なのです。全国でも有数のにぎわいがある街の中心部をつぶして、無意味に幅の広い道路を新設し、ひたすら高層ビルを建てやすくするように立ち回る(それがまさに下北沢で起きようとしていることです)…などというのは、税金の壮大な無駄遣い以外の何物でもありませんし、行政の本来の使命からかけ離れており、都市計画法その他の法令の趣旨にも反する行為です。私たちが、まずこの道路の計画に待ったをかけなければ、と考えたのは、行政の長であるあなたとしても、実に当然のこととお思いになりませんか?

しかし、この点でもあなたは、致命的といってよい大きな判断ミスを犯してしまいました。区分上、そもそもが都道だったはずのこの「都市計画道路補助54号線」は、いつのまにか世田谷区が作ることになってしまったのですが、この道路計画には多くの識者からも疑問の声が寄せられ、まさに問題山積の状態でした。けれども世田谷区は、それらの声をことさらに無視して事業の認可申請を行い、都は、昨2006年の10月18日に認可を与えてしまいました。その認可は、他ならぬあなた、石原都知事の名によって出されたものです。

私たちは、あるいはあなたならば、この道路計画に待ったをかけてくれるのではないか……とも考えたのでしたが、そんな期待は見事に裏切られたのでした。それともあなたは、自分では何も考えようともせず、やはり、ただ官僚たちの言うがままにメクラ判でも押したのでしょうか?

いずれにしても、現状では、この過ちはほとんど取り返しがつかないほどです。そして、あなたのこの犯罪的な行為は、ご承知の通り、今、法廷でその是非が問われるところとなっています。

こんな過ちを犯していなければ、そして、一流の政治家らしい器量と的確な判断力を見せて下さっていたなら、4日の下北沢であなたを迎えたのは罵声などではなく、歓呼の声だったかも知れないのに――。

しかし、下北沢はまだ死んでなどおらず、私たちも絶望などしていません。こちらについても、あなたの「回心」を期待しておくことにしましょう。

それにしても、ほとんど見込みのないオリンピック招致を主張したり、豊かな歴史や文化が息づく築地市場を消滅させてしまおうとしたりするあなたの「迷案」には、まったく閉口するしかないのですが――。

それでは、またお目にかかる日が来ることを楽しみにしつつ。

敬具

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