破壊せよ、と彼らは言う。

一昨日の晩、ニュースでもと思ってTVのチャンネルを動かしていたら、NHKで“激流中国”というシリーズの「民が官を訴える〜土地をめぐる攻防〜」という番組が始まるところだったので、そのまま最後まで見た。見たというよりも、カメラが記録したシーンに引き寄せられて、目を離すことができなくなった、というのが実際だろう。

感想をひとことでいうなら、程度の違いということはあるにしても、工場の跡地などではなく、少なからず人が住んでいて、様々な商店もある、要するに、ごく普通に人の暮らしが営まれているような市街地の“再開発”とは、一体どのようなものなのか……ということを凝縮してとらえた、とても良質な番組だと思った。

というのも、ご存じの方も少なくないことだろうが、この日本でも、それも、首都東京の人でにぎわう街においても、構図としては基本的に何の変わりもないような事業が、無理矢理進められようとしているからだ。

街は世田谷区の“下北沢”。演劇やミュージシャンをめざすような若者たちにとってはメッカといってもいい街だし、古着やアンティーク、アクセサリーなどの店がいたるところにあるかと思えば、気のおけない飲食店もひしめき合っていて、私のような年配の人間でも、まず退屈するようなことはない。路地が多く、駅周辺の中心部にはあまり車が入ってこないことも幸いして、午後にもなれば街はいつも人でいっぱいになる。「おもちゃ箱をひっくり返したような」とか「ワンダーランド」だと形容されたりもするのだけれど、さびれるばかりの地方の街から見たら羨まずにはいられないような、日本でも有数の活気ある街であることは周知の通りだ。

それなのに、この国の「土建国家」ぶりはいまだに驚くべきもので、国土交通省、東京都、そして地元の世田谷区までもが一丸となって、下北沢の中心部を大きくえぐるように街並みを破壊し、幅26mもの道路を新たに建設するというのだ(とりわけ、世田谷区の熊本区長はこの事業の推進に熱心なようだ)。誤解のないように言っておきたいが、既存の道路では狭すぎるので少し幅を広げる……というのではなく、下北沢でもとりわけ魅力あるゾーンの、環境も良好な街並みをわざわざつぶして、そこに新たに大きな道路を通すという計画なのだ。もちろんこれはれっきとした公共事業であり、これにかかる費用はすべて、私やあなたが払った税金に他ならない。

この、「公共」というにはあまりにも乱暴な事業に対して、当然、地元を中心に幅広い批判の声が上がったし、たびたびマスコミの話題にもなり(その大半は、かなり皮相な「両論併記」でしかなかったけれど)、都市計画の分野で日本を代表するような研究者や実務家たちが、計画の抜本的な見直しを求める意見書を東京都や世田谷区に提出するという動きもあった。ミュージシャンの坂本龍一さんや映画監督のヴィム・ヴェンダースさんなど、広く世界で活躍する方たちからも下北沢を壊さないようにという熱いメッセージがたくさん寄せられている。にもかかわらず、昨2006年の10月、行政は基本的には何の変更も行なわずに、この事業を強引に認可(=決定)してしまった。

ここで、冒頭でふれた番組のことに話を戻せば、問題の核心は、中国政府は住民に「土地の使用権」を認め、その証書も発行しているにもかかわらず(ほとんどの住民はその証書を持っており、もちろん合法的に居住していたわけだ)、県などの地方当局がその使用権を一方的に剥奪し、開発業者などに売買してしまうということが、ほとんど常態化しているということだ。

さすがに日本では、番組が描いていたように、ある日突然に、「あなたの権利はなくなりました」といって地方当局の職員と業者が警察や軍まで引き連れて家屋の取り壊しにやってくるなどということはないだろうが、手続き上は、事業認可は「強制収用もありうる」ということを意味する。都や世田谷区は、そんなことまでやる気なのだろうか?そうなれば、すでに多くの識者が指摘しているように、日本の都市計画行政の信用は地に墜ち、世界中の笑い者になるだけだろうと私は思うが。

番組は、タイトルにもあるように、立ち退きを迫られた住民たちが相談し合って、地方当局の決定の違法性を問う裁判に立ち上がり、本来、当然でなければならない自分たちの居住や生活の権利を守ろうとする活動の軌跡を追って行くが、これは決して「他人事」などではない。もちろん、争点に若干の違いはあるが、下北沢でも「民が官を訴える」事態になっており(原告は100人を超えようとしている)、11月5日(月)には早くも第6回の口頭弁論が東京地裁で開かれる。興味のある方は、一度傍聴されてみるといいだろう。

とても素晴らしい番組なので、録画しておきたかったがそれもできず、残念なことをした……と思っていたら、実は、今日11日の深夜0時20分から再放送があるということがわかった。どうかあなたにも、これはぜひ見ていただきたい。

詳しくは以下で:
http://www.nhk.or.jp/special/onair/070909.html

下北沢の行政訴訟については、こちらをどうぞ:
http://www.shimokita-action.net/


追記)
1.上記の番組に、店鋪兼住宅(と思われる)の自宅の前の瓦礫だらけの空地に立って、家の主人がその場所について説明するシーンがある。その場所には、かつて広場があり、病院があったというのだ。そして、その後に作られようとしているのは、周辺の環境ともまったく不釣り合いな大規模なショッピングセンターだ。そもそもが、衛生上もよほど劣悪なスラムのような地域だったなら、少しでも整った街並みにつくり変えようとすることにも一定の根拠があるだろう。しかし、以前の情景はわからないが、番組で見たかぎり、あの空地の一帯は、あたりの建物もみな堅牢なようだし、かなり落着いた、良好な生活が営まれていた地域だったとしか思えない。そこを瓦礫の原にすること自体があまりにも愚かだし、運び出された廃材の量も半端なものではないだろうことを思えば、こうした「再開発」が極めて憂慮すべき地球環境の悪化要因の一つであることが理解されてよいはずだ(後にできるショッピングセンターが温室効果ガスの巨大な発生源になることも目に見えている)。そして、この点に関するかぎり、下北沢で行なわれようとしていることも、まったく変わりがない。
確証はないのだが、地球環境問題について論じる場合に、以上のような「再開発」のマイナスの側面が、まったくカウントすらされていない(とすれば、呆れるしかない数字のトリックがあり、ペテンが行なわれているということになるが)のではないかという疑念を抱いてきた。誰かご存じの方がいたら、教えていただきたい。

2.下北沢で問題になっている「都市計画道路補助54号線」については、環境アセスメントも行なわれていない。この法制面の不備は、早急に改められねばならないだろう。

3.インターネット新聞JanJanが下北沢の行政訴訟の第5回口頭弁論の様子を報じている。計画されている道路がどのようなものかも、この記事のリンクで知ることができる。
http://www.janjan.jp/area/0709/0709100101/1.php